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ここは、カタカムナに関するサイトです。
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縄文時代以前、旧石器時代末期に存在したとされる。
極めて高度な科学技術や独自の哲学体系を持っていたことがカタカムナ文献から推測されるが、現在においてこの文明の存在を示す建造物や遺物は、これ以外には見つかっていない。
日本で初めてカタカムナ文明の存在を唱えたのは楢崎皐月(ならさき・こうげつ)である。
皐月の述懐によれば、皐月は兵庫県六甲山系の金鳥山中での調査中に父が「カタカムナ神社の宮司」であったと名乗る平十字(ひらとうじ)という猟師と出会い、その神社の御神体である巻物を見せてもらったという。
そこに書かれていたのは丸と直線で作られた幾何学的な文字であった。これが貴重な文献であると直感した皐月は、平十字に書写を願い出た。平十字は快諾し、皐月は研究用に持っていた大学ノートにその文字を全て写し取ったという。その文章量は一日で写し終わるようなものではなく、それから20日間、皐月のところへ巻物を手に平十字が毎日通ったという。
皐月はそれまで度々実家に葉書を送って安否を知らせていたが、このときは一ヶ月間葉書をよこさなかったと皐月の娘は述懐している。後に皐月は五年をかけてこの文書(通称「カタカムナ文献」)の解読に成功。その内容が自然科学的な実用書であった事を突き止めた。
この文字はそれが祀られていたとされる場所の名から「カタカムナ文字」と呼ばれ、その文字を使用していた文明として「カタカムナ文明」が提唱されたのである。